この度の大地震、正式名称が東北地方太平洋沖地震となったみたいですね。
岩手県盛岡市在住の俺ですがピンピンしてます。
俺は某テレビ局勤務でして、当時もお仕事してました。
14時40分頃。
真っ赤に光るサイレンと鳴り響くアラーム。
それが緊急地震速報入電の物だと気がつくまで、ちょっと時間が必要でした。
最初、菅総理辞任の速報かなと…。
そして数秒後に激しい揺れ。
揺られながら頭に過ぎったのは、不謹慎ながら、
「あ〜、この揺れじゃ特番確実だな〜。面倒くさいなぁ〜。」
くらいなもんでした。
まさか、こんな大惨事になるなんでね…。
岩手県中が停電で、ワンセグ以外で映像を見れなかったと思いますが、俺は局に居たので、ライブカメラで宮古に津波がやって来る瞬間を生で見てました。
職場は絶叫のち沈黙でした…。
24時間特番対応して、翌日14時に帰宅しました。
盛岡市内は停電中で、信号は一箇所以外全て止まってました。
某住宅地にある俺ん家ですが、大きな被害はありませんでした。
ただ、やはり停電してました。
我が家はオール電化なので、停電は死活問題です。
俺は自家発が起動し暖房も灯りもある局内に居たが、家族は灯りも無くテレビもラジオも聞けない真っ暗な家で怖かったそうです。
前記した様に、我が家はオール電化の蓄熱暖房なので、初日の夜は何とか暖かかったみたいです。
それでも時間が経つと蓄熱量も減って寒くなってきた様で、反射式の石油ストーブで暖を取ったようです。
ただ、まだ灯油を買ってなかったみたいで、近所の方から譲ってもらったみたいです。
で、灯油ストーブがある部屋に、寝袋で寝たみたいです。
家からは乾電池をあげたそうです。
他にも懐中電灯を貸してあげたり、ご飯とカレーを貰ったり、何かと助けあってしのいだ感じです。
最後はやはり助け合いですね。
電気が無い中で、地味に重宝したのが、携帯電話の手動充電器です。
くるくる回せば充電できる奴。
これがなかったら携帯のバッテリーは持たなかったと思います。
労力に発電量が伴わないのが辛いところですが…。
オール電化住宅に住んでいて、今回痛感したのは、当たり前だけど停電したらにっちもさっちも行かないって事。
今回困った事。
・ガスコンロとカセットガスはあったけど、2本しかなかった。
・反射式の石油ストーブはあったけど、灯油は無かった。
・災害用ロウソクはあったけど、1本しかなかった。
・電池式のラジオが無かった。
・乾電池が足りなかった。
それを踏まえて、今回の教訓。
・ガスコンロは必須。カセットガスは沢山常備しよう。
・灯油が無いと反射式の石油ストーブは置物。灯油も買っておこう。
・長持ちする災害用ロウソクは大事。
・電池式か手動ラジオが無いと情報を得られない。
・乾電池は単三だけじゃなく、単一、単二も買っておこう。
全て分かっちゃいるけど…って感じの物ばかりだが、いざとなると無かったり少なかったりするものばかりだと思う。
あ、後ね、テレビの下に敷く粘着ゲルあるじゃん。
ベトベトするグミみたいな奴。
あれ、効果絶大よ。
薄っぺらい液晶テレビみたいな物には必須だと思う。
今回の地震で痛感しました。
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